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大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)4909号 判決

原告

段静見

ほか一名

被告

日本国有鉄道

主文

被告は、原告段静見に対し、五四九万二八九九円及びこれに対する昭和四九年五月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告段朝子に対し、五三一万七八九九円及びこれに対する前同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を原告らの負担としその余を被告の負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告段静見に対し、金七四七万五六五一円及びこれに対する昭和四九年五月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告段朝子に対し、金七二一万五六五一円及びこれに対する前同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四九年五月五日午後三時ころ

2  場所 和泉市池上町七五四の六五国鉄阪和線(以下「阪和線」という。)軌道上(以下「事故現場」という。)

3  加害車 被告運行の白浜発天王寺行デイーゼル特急「くろしお二号」

右運転者 訴外田川舒也(以下「訴外田川」という。)

4  被害者 訴外亡段彰一(以下「亡彰一」という。)

5  態様 北進中の加害車がその先頭車両(運転車)左前部を事故現場の枕木西端上の被害者に衝突させ、被害者は、その衝撃により線路脇の溝に転落した。

二  責任原因

1  使用者責任(民法七一五条一項)

(一) 被告は、鉄道事業等の業務を行つている公法上の法人で、訴外田川は、被告の職員として列車運転の業務に従事しており、本件事故当時も、右業務の執行として加害車を運転していた。

(二) 訴外田川は、加害車を運転し時速九〇ないし九五キロメートルで事故現場に差し掛かつたが、列車の運転者としては、絶えず前方を注視し、進路の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、前方注視が不十分のまま漫然前記速度で進行を続けた過失により、事故現場付近の軌道がほぼ直線で見通しのよい場所であつたにもかかわらず、枕木上にちよ立していた亡彰一を発見するのが遅れ、約二九〇メートルの距離に接近して初めて同人を発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、本件事故を発生させた。

2  土地工作物占有者の責任(民法七一七条一項)

(一) 本件事故当時、事故現場付近の軌道敷部分とその西側の非軌道敷部分との境に、軌道に交差して東西に流れている小川の北岸端から北へ約一メートルの範囲にわたり、さくなどのしや断物が全く設けられていない部分(以下「非しや断部分」という。)があつた。

(二) 事故現場付近は、農地が一部残存するものの、軌道敷をはさんで多くの文化住宅が立ち並ぶ住宅街で事故現場の約三〇〇メートル南東には和泉府中中学校があり、右住宅街の住民や和泉府中中学校に通学する学生は、事故現場付近の軌道を横断する必要があるところ、事故現場から約三〇〇メートル北方に踏切が、約四〇〇メートル南方に陸橋がそれぞれ設けられているのみで、事故現場付近には踏切等の軌道横断施設が存しなかつたため、住民・学生らは、近道をしようとして、事故現場の非しや断部分をはじめ、軌道沿いのしや断物のない部分を通つて阪和線軌道を横断していた。また、非しや断部分に通ずる軌道敷西側の前記小川北岸には、かなり広い空地があつて砂場などが作られ、付近の子供たちの遊び場になつていた。以上の事情からすると非しや断部分から幼児、児童などが軌道敷内に入りその結果本件のような列車との衝突事故が発生するであろうことは、十分予想することができたのであるから、事故現場付近の軌道施設を占有する被告としては、幼児等が非しや断部分から軌道敷内へ入るのを防ぐために、非しや断部分にさくなどのしや断設備を設けるべきであつたのであり、これを行わずに非しや断部分を放置していた被告の事故現場付近の軌道施設の設置、管理には、本件事故当時瑕疵が存した。

(三) 亡彰一は、右のように瑕疵の存する非しや断部分より軌道敷内に入り、その結果本件事故が発生した。

三  損害

1  受傷、死亡

亡彰一は、本件事故により頭蓋骨骨折の傷害を受け即死した。

2  死亡による逸失利益 八四五万一三〇二円

亡彰一は、事故当時四歳八か月で、事故がなければ二〇歳から四〇年間稼働し、その間、少なくとも月額九万〇九七五円(昭和四八年賃金センサス学歴計二〇ないし二四歳男子労働者の平均給与額)の収入を得ることができたところ、生活費は収入の五〇パーセントと考えられるから、これを差し引いたうえ、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、八四五万一三〇二円となる。

3  権利の承継

原告らは、亡彰一の父母であるところ、彰一の死亡により同人に帰属した右2の損害賠償債権をそれぞれ法定相続分(各二分の一)に従い相続により取得した。

4  慰藉料(原告ら) 各三〇〇万円

亡彰一は、原告ら夫妻の唯一の子で、しかも、原告らが年を経て得た子であつたため、原告らの亡彰一に対する愛情は、人に倍するものがあつたところ、原告らは、本件事故により突然彰一を失い、言語に尽くせぬ精神的な痛手を受けた。

5  葬儀費用(原告段静見) 二五万円

原告段静見(以下「原告静見」という。)は、葬儀費用として、二五万円を支出した。

6  弁護士費用(原告ら) 各七〇万円

原告らは、本件訴訟を弁護士に依頼し、報酬としてそれぞれ七〇万円を支払うことを約した。

四  結論

よつて、原告らは、損害賠償債権の内金として、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は、不法行為の日の翌日から民法所定の年五分の割合による。)を求める。

第三請求原因に対する被告の答弁

請求原因一の1ないし4は認めるが、5は争う。

同二1の(一)は認める。(二)のうち、訴外田川が時速九〇ないし九五キロメートルで加害車を運転し事故現場に差し掛かつたこと及び事故現場付近の軌道がほぼ直線で事故現場付近が見通しのよい場所であつたことは認めるがその余は争う。事故現場付近の阪和線軌道沿いには、直径三五センチメートルの架線用電柱が五〇メートルの間隔で立ち並んでいるが、加害車の運転席が運転車両の左前部に設けられていて、運転席と進行方向左側の架線用電柱との間隔が約一メートルしかないため、運転席からは前方約二五〇メートルの地点より先の軌道左側部分が架線用電柱の陰となつて見通せない状況となるものであるところ、訴外田川は、信号機や速度制限標識を確認しつつ、絶えず前方を注視して定められた列車運転時刻表のとおりに加害車を進行させ、事故現場から約二九〇メートル手前の地点に差し掛かつた際、突然事故現場付近自車軌道西側に立つている架線用電柱の陰から自車軌道内に進入する亡彰一の姿を認め、直ちに注意気笛を吹鳴するとともに、非常制動の措置を講じたが及ばず、本件事故を発生させ、加害車は、事故現場の約一六〇メートル北方の地点まで進行して停止したものであり、訴外田川に過失はない。

同二2の(一)は否認する。事故現場西側には、軌道敷部分に接して南北約一五〇メートルにわたり文化住宅が立ち並んでいるが、右住宅群と軌道敷部分との境には、事故現場付近を東西に流れる開きよの北岸端から北の部分では高さ約二メートルの金網さく、ブロツクべいないしはトタン張りのへいが、右開きよの南岸端から南の部分では高さ約一メートルの金網さくが設けられ、また、右開きよには、厚さ約一〇センチメートル、高さ約一・二メートルのコンクリート護岸が構築されており、事故当時、現場付近には、西側非軌道敷部分から幼児が容易に軌道敷内に入れる箇所はなかつた。

同二2の(二)のうち、事故現場付近軌道敷西側に文化住宅が立ち並んでいることは認めるが、近道をしようとして非しや断部分を通行する者のいたこと及び開きよ北岸の土地が付近の子供たちの遊び場として使われていたことはいずれも否認し、その余は争う。事故現場はきわめて見通しのよい場所であること、事故現場付近西側の住宅群と軌道敷部分との境は、すべてへいなどでしや断され、人が容易に軌道敷内に入れない状況にあつたこと、事故現場付近一帯は、いわゆる住宅密集地ではなく、右住宅群の周囲はすべて広大な農地で、特に事故現場東側は雑草の生い茂る休耕地となつていたこと、また、右住宅群の住民が通勤通学に利用する主な駅は、事故現場の約五〇〇メートル北方にある信太山駅で、買物に利用される商店街も右信太山駅周辺にあるため、右住宅群の住民は、日常住宅群内を南北に走る道路を利用すれば足り事故現場付近の軌道を横切つて通行する必要はなかつたことなどの事情からすると、事故当時、被告の事故現場付近の軌道施設の設置、管理に瑕疵はなかつたというべきである。

同二2の(三)は争う。

同三のうち1は争い、2ないし6は不知。

第四被告の主張(過失相殺)

仮に、被告に損害賠償責任があるとしても、本件事故の発生については、原告らにも次のような監護義務懈怠の過失が存するから、損害賠償額の算定にあたり、過失相殺されるべきである。すなわち、原告らは、事故当日亡彰一を連れて事故現場近くにある訴外段光紀(以下「訴外光紀」という。)方へ来ていたものであるが、同人宅の近くを阪和線軌道が通つており、鉄道等の乗物に最も強い好奇心を持ちながら、いまだ事理弁識能力を備えない年齢で、しかも、平素は原告らの住居地にいて高速鉄道になじみが少ない亡彰一が阪和線を走行する列車に強い関心を持つて軌道敷内に進入し、本件のような事故を起こす危険性も十分予想されたのであるから、原告らとしては、亡彰一が軌道敷内に入らないように同人の行動を十分監視すべきであつたのにこれを怠り、本件事故直前約二〇分間にわたり亡彰一を訴外光紀宅の外に放置していたため、その間に亡彰一が軌道敷内に進入し、本件事故が発生したものである。

第五被告の主張に対する原告らの答弁

被告の主張のうち、亡彰一が平素原告らの住居地に居住していたこと及び原告らが事故当日亡彰一を連れて訴外光紀方へ来ていたことは認めるが、原告らが事故直前二〇分間にわたり亡彰一を放置していたとの点は否認しその余は争う。事故直前、訴外光紀の妻段加代子(以下「訴外加代子」という。)が亡彰一に光紀宅の玄関前にいるように言つて同人宅に入り、原告段朝子(以下「原告朝子」という。)に亡彰一が玄関前にいる旨を告げたので、その二、三分後に原告朝子が亡彰一を呼びに戸外に出たところ、既に亡彰一の姿は見えなかつたものであり、亡彰一は、原告らの手を離れたごく短時間のうちに軌道敷内に入つたもので、原告らに監護義務懈怠の過失はない。

第六証拠関係〔略〕

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし4の事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証、乙第五号証、証人田川舒也の証言によれば、請求原因一の5の事実が認められる。

第二責任原因

一  使用者責任

1  請求原因二1の(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2  前掲甲第二号証、乙第五号証の一部、成立に争いのない甲第一号証、乙第一ないし第四号証、証人田川舒也の証言の一部、検証の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 阪和線は、上り線(天王寺方面行)下り線(和歌山方面行)一軌道ずつのいわゆる複線であり、加害車が進行してきた上り線は、事故現場の軌道敷西側部分を通つていること、本件事故現場(亡彰一と加害車との衝突地点)は、阪和線軌道と交差し、その下を東西に流れている幅三・三メートルの開きよ(以下「開きよ」という。)南端の約二メートル南側の上り線軌道上であり、その付近の上り線軌道敷部分とその西側にある住宅との間に事故当時幅約〇・八五メートルの溝があり、その溝と上り線レール西端との間の幅約二・二五メートルの軌道敷部分は、溝の近くまで砂利が敷かれ、上り線の進行方向から見て左下りのゆるやかな勾配になつていたこと。

(二) 事故現場付近の阪和線軌道は、ほぼ直線に設けられているため、少なくとも、事故現場の約一キロメートル南方の軌道上から事故現場付近軌道上の物体を見通すことができる(事故現場付近の軌道がほぼ直線で、事故現場付近が見通しのよい場所であることは、当事者間に争いがない。)が、軌道敷の両端に約五〇メートル間隔で直径三五センチメートルの架線用電柱が立つており、しかも、加害車の運転席が運転車両の左前部に設けられていて、加害車が上り線を走行してくる場合、運転席と架線用電柱との間隔が約一メートルしかないため、事故現場から約二五〇ないし約三〇〇メートル以上南方の地点で加害車の運転席から事故現場を見ると、現場付近に立つている架線用電柱の東端から西側の軌道敷部分が見通せない状態になつているものであること(以下右見通しの効かない部分を「死角部分」という。)

(三) 訴外田川は、加害車を運転して被告の定めた列車運転時刻表のとおりに事故現場の南にある和泉府中駅を通過し、次の通過駅である信太山駅に向かい時速約九五キロメートルで進行を続け、事故現場に差し掛かつた(訴外田川が同程度の速度で加害車を運転し事故現場に差し掛かつたものであることは、当事者間に争いがない。)が、事故現場の約二五〇メートル手前の地点で、自車軌道西側を西から東へ向かい歩行している亡彰一を発見し、直ちに非常制動の措置を講ずるとともに、非常警笛を吹鳴し続けたが、亡彰一は、上り線枕木の西端付近まで進んだところで加害車が接近してくるのに気付き、同車の方を振り向いたものの、そのまま右枕木西端付近に立ち止まつてしまい、加害車に衝突され、加害車は、更に事故現場を行き過ぎて、先頭の運転車両が事故現場から約一六〇メートル先に進行した地点で停止したものであること

(四) 加害車が非常制動により停止する際の制動に要する距離(制動措置を講じてから制動が効き始めるまでのいわゆる空走距離を含む。以下「要制動距離」という。)は、事故当時の天候(晴)、加害車の速度及び車両数(加害車は七両編成であつた。)などの条件からすると、約三八〇ないし四〇〇メートル程度であつたこと

(五) 亡彰一は、事故当時四歳八か月になる幼児であつたこと以上の事実が認められ、事故現場の約二九〇メートル手前の地点で亡彰一を発見した旨の乙第五号証中の訴外田川の供述記載部分及び同人の証言部分は、右認定の加害車の停止位置と加害車の要制動距離との関係及び検証の結果等に照らし採用し難く他に右認定に反する証拠はない。

ところで、証人田川舒也の証言中には亡彰一が電柱の陰から飛び出すのを発見して非常制動の措置を講じた旨の証言部分があるが、亡彰一を発見してから衝突に至るまでの亡彰一の位置・行動等に関する同証人の証言があいまいであることや乙第五号証中に右証言部分に沿う供述記載がないことなどに照らし、右証言部分をたやすく採用することはできないものといわざるを得ないが、他方、訴外田川が前方不注視の過失により亡彰一を発見するのが遅れ、その結果本件事故を発生させたといいうるためには、訴外田川が事故現場から前認定の要制動距離(約三八〇ないし四〇〇メートル)だけ手前の地点(以下「甲地点」という。)に差し掛かつた時に、亡彰一の姿を認めて直ちに非常制動の措置を講じ事故を回避しうる状況にあつたことが立証されなければならないと解されるところ、甲地点を進行中の加害車の運転席から事故現場を見通した場合、前認定のとおり軌道敷西端に死角部分が生ずること、時速九五キロメートルで走行中の加害車が甲地点から事故現場に至るには、非常制動がかかつた場合に速度が落ちることを度外視しても約一四ないし一五秒を要するのに対し、事故現場の上り線軌道敷部分の状況は、前記(一)認定のとおりであつて、亡彰一が死角部分から一四、五秒をかなり下回る秒数で約二メートル弱東側の枕木西端まで歩いていくことが可能であつたと解されること及び亡彰一が衝突地点である上り線枕木西端付近にずつと立ち止つていたと認めるに足りる証拠はないことからすると、加害車が甲地点に差し掛かつた時点で、亡彰一が死角部分にいた可能性も否定しえず、前認定の亡彰一の年齢からすると同人の身体は、容易に死角部分に隠れる状況にあつたと解されることをも併せ考えると、訴外田川が甲地点を進行中に亡彰一の姿を明らかに認め、直ちに非常制動の措置を講じて事故を回避しえたと断定することはできないものというべきであるから、訴外田川に本件事故と因果関係のある過失を認めることはできず、従つて、右過失の存在を前提とする原告らの被告に対する使用者責任にもとづく請求も理由がない。

二  土地工作物占有者の責任

1  前掲甲第二号証、成立に争いのない乙第六号証、証人段光紀、同遠藤勉の証言及びこれらにより成立を認めうる甲第五号証、原告朝子本人尋問の結果、検証の結果及び経験則によれば、本件事故当時、事故現場付近の開きよの北側には、阪和線の軌道敷部分とその西側の非軌道敷部分とをしや断する形で、高さ約一・七メートルのトタンべいが設けられていたが、右トタンべいの南端と開きよ北側のコンクリート製護岸との間には、約六〇~七〇センチメートルの間隔(原告ら主張の非しや断部分にあたる箇所)が空き、そこから人が容易に軌道敷内に立ち入れる状態になつていたことが認められ、乙第七号証、証人井内淳二の証言中右認定に沿わない部分は、前掲証拠に照らし採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。また、弁論の全趣旨によれば、被告が事故現場付近の軌道敷部分を占有して軌道を設け、列車を運行させていたことが認められる。

2  ところで、軌道敷部分と民家、一般道路が接している等、軌道敷部分に近付きあるいは立ち入る者の生命身体の危険が少くない場合には、その安全を確保し、合わせて列車の正常な運行を確保するために、軌道敷部分と非軌道敷部分との境界付近に、右目的を十分に確保しうる程度の保安設備(しや断設備ないしは警報設備)を設ける必要があり、右保安設備の設置により初めて軌道施設自体の危険性が除去されるものというべきであるから、軌道敷部分と非軌道敷部分との境界付近が客観的な状況からみて保安設備を必要とする箇所であるにもかかわらず、保安設備のない状態のまま放置されている場合には、右軌道敷部分を占有し列車を運行させている者は、土地の工作物である軌道施設自体に設置・管理上の瑕疵があるものとして、民法七一七条一項所定の責任を負わなければならないと解するのが相当であるが、右の瑕疵の有無については、現場の見通し状況、列車の通行回数、通行速度及び要制動距離等列車自体の運行上の危険性の程度と現場付近の人口密集度、現場の非軌道敷部分の形状・利用形態、軌道敷部分に近付く者、立入る者の数・特徴等軌道敷内に入つて事故に会う者の生ずる危険性の程度とを彼此勘案し、更に、保安設備設置の難易度や設備設置により付近住民等が被る社会生活上の不利益などをも考慮に入れて判断しなければならない。

そこで、前記1認定の事故現場の非しや断部分の存在が右の基準からして軌道施設の設置、管理上の瑕疵にあたるか否かを検討するに、前掲甲第五号証、証人段光紀、同遠藤勉の各証言、検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、事故現場西側の非軌道敷部分には、軌道敷部分に接して南北約一五〇メートルにわたり住宅(以下「西側住宅」という。)が立ち並んでいること(事故現場付近軌道敷西側に住宅が立ち並んでいることは、当事者間に争いがない。)軌道敷西側の開きよ北側部分には、七〇坪程度のほぼ正方形の空地(以下「西側空地」という。)があり、事故当時は砂場が作られて付近の子供たちの遊び場となつており、右空地の南東隅の部分が非しや断部分を介して軌道敷に通じていたが、他には軌道敷に通じる箇所はなかつたこと、事故現場の約三〇〇メートル南東に和泉府中中学校、郵便局、警察署などがある(以下「中学校等のある場所」という。)が、事故現場の約一五〇メートル北方に踏切が、約四〇〇メートル南方に陸橋がそれぞれ設けられているのみで、事故現場付近には、軌道横断設備がないため、西側住宅の住民、殊に右和泉府中中学校に通う学生らのうちのかなりの者が、西側住宅と中学校等のある場所との間を往復する際、事故現場近辺の細い路地・通路などから軌道敷内に入りこれを横断していること、そのうち、最も多くの人が横断しているのは、事故現場の約七〇メートル南方の西側住宅のはずれの通路と軌道敷東側にあるあぜ道とを結んだ部分(以下「乙地点」という。)であるが、事故当時は、非しや断部分から軌道敷内に入つて南進し、乙地点に達する者もままあつたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。右認定事実によれば、事故現場付近は、住宅密集地とまではいえない地域であるが、軌道敷の東側に学校、官公署等があるのに、正規の軌道横断設備が南北約五五〇メートルにわたつて設けられていないため、西側住宅の住民、殊に、毎日通学を行う学生らが遠回りになるのを避けて乙地点ばかりでなく、事故現場の非しや断部分から軌道敷内に立ち入り、事故に会う危険性があつたものであり、また、西側空地で遊んでいる子供、殊に、かなりの行動能力を有するものの、事理弁識能力を備えるには至つておらず、好奇心などから軌道敷内に進入し、かつ、列車が接近しても適切な避難行動をとれない亡彰一程度の年齢の幼児が親の目を離れて非しや断部分から軌道敷内に入り込み、事故に会う危険性もかなり存したものと解するのが相当である。他方、前記一2(四)認定のとおり、事故当時の加害車の要制動距離は約三八〇ないし四〇〇メートルであつたところ、前掲乙第一、第五号証によれば、事故現場付近では、進行方向の信号が青のときは、通常、少なくとも特急、急行列車は加害車と同じ時速約九五キロメートルかそれをやや下回る速度で進行を続けるものであることが認められ、遠方の障害物の発見が少しでも遅れると事故につながる危険性が高いと解されること、前記一2(二)認定のとおり、事故現場付近では、上り線軌道敷内の進路前方左端に死角が生ずることがあり、しかも、前掲甲第二号証、検証の結果によれば、開きよ南側にも軌道敷際まで住宅が建てられているため、上り線を走行する列車の運転席からは、非しや断部分から軌道敷内に立ち入る者の姿を軌道敷内に入る前に発見するのは不可能であると認められること、前掲乙第一、第二号証によれば、上下線合わせて少なくとも平均四分間に一本程度の割合で、列事が事故現場を通過していると認められることなどからすると、事故現場付近において、列車自体の運行により生ずる危険性は、相当高かつたものといわなければならない。右の事故現場における列車自体の運行により生ずる危険性の程度と前記の人が非しや断部分から軌道敷内に立入る可能性及びその場合の危険性の程度とを彼此勘案すると、事故現場に非しや断部分の存することから生ずる危険性は、社会生活上無視できないものがあつたというべきである。そして、事故現場付近の形状、非しや断部分の幅などからすると、非しや断部分からの人の進入を防ぐためのしや断設備を非しや断部分ないしその付近に設けることにさしたる困難はなかつたものと認められることや前認定のとおり、非しや断部分を通行する者の数は、乙地点を横断する者に比べればはるかに少なかつたうえに、中学校等のある場所と西側住宅との位置関係などからして、西側住宅の住民らが特に非しや断部分を通つて軌道を横断しなければならない必要性はなかつたと認められ、従つて、非しや断部分を完全にしや断して通行ができない状態にしても、付近の住民に社会生活上不利益を及ぼすものではなかつたと解されることをも併せ考えると、事故現場の非しや断部分ないしその付近に通常の方法では人が進入できない程度のしや断設備を設けない限り、現場付近の軌道施設の危険性は十分に除去されなかつたものと解するのが相当であり、しかも、証人遠藤勉の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告が本件事故前少なくとも一年以上にわたり、非しや断部分ないしその付近に右のようなしや断設備を設けずにそのまま放置していたことが認められるから、被告の占有する事故現場付近の軌道施設には事故当時設置・管理上の瑕疵が存したものというべきである。

3  前掲甲第二号証、乙第六号証の一部、証人段光紀の証言、原告朝子本人尋問の結果、検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡彰一は、事故当時原告らの住居地に住んでいたものであるが、当日原告らに連れられて西側空地のすぐ北にある桃田文化住宅内の原告静見の子訴外光紀方へ遊びに来ていたものであること(亡彰一が事故当時原告らの住居地に住み、当日訴外光紀方に来ていたことは、当事者間に争いがない。)、亡彰一は、事故発生の前に、西側空地内において生えている草をちぎつて開きよに投げ込んだりして遊んでいたこと、事故直前、光紀の妻訴外加代子がちり紙交換から帰つてきた際いつしよに連れていた亡彰一を西側空地内に残して訴外光紀宅に入つたものであるところ、その二、三分後に原告朝子が訴外光紀宅を出た時には、既に亡彰一は西側空地内にいなかつたこと、阪和線の上り線軌道敷部分西端の開きよ上には、幅約五〇センチメートルの渡り板が架かつていて、これにより非しや断部分から軌道敷内に進入した者が容易に事故現場である開きよ南側、上り線軌道西側の軌道敷部分に達することができる状態になつていたこと、開きよ南側の軌道敷部分西側には、開きよ際まで住宅が建つていて西側空地のような空地はなく、しかも、事故当時開きよ南側の軌道敷部分と非軌道敷部分との境には、開きよ南端まで幅約八五センチメートルの溝が設けられていて、亡彰一程度の年齢の幼児がこれを飛び越えて非軌道敷部分から軌道敷部分に入ることは、通常考えられない状況であつたこと、以上の事実が認められ、乙第六号証中右認定に沿わない部分は採用し難く、他に右認定に反する証拠はない。右認定事実によれば、亡彰一は、訴外加代子が訴外光紀宅に入つてから、原告朝子が訴外光紀宅を出るまでの二、三分の間に、一人で西側空地から非しや断部分を通つて阪和線軌道敷内に入り、開きよ上に架かつている前記渡り板を渡つて事故現場西側の軌道敷部分に達し、その後事故現場である上り線枕木西端付近まで歩いていつて加害車に衝突されたものと推認するのが相当である。そうすると、非しや断部分ないしその付近にしや断設備が設けられていれば、本件事故は発生しなかつたものというべきであり、従つて、被告の占有する軌道施設に存した設置・管理上の瑕疵と本件事故との間には因果関係があるものと認められるから、被告は、民法七一七条一項により、本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

第三損害

一  受傷、死亡

前掲甲第二号証、成立に争いのない甲第三号証によれば、亡彰一は、本件事故により頭蓋骨骨折の傷害を受け、右傷害にもとづく脳挫傷により即死したものであることが認められる。

二  死亡による逸失利益 一〇〇五万一一四二円

前記第二の一2(五)認定のとおり、亡彰一は、事故当時四歳八か月であつたものであるが、経験則によれば、同人は、事故がなければ一八歳に達した時から四九年間稼働し、その間、昭和五〇年賃金センサス学歴計一八ないし一九歳男子労働者の平均給与額(年額一一三万七二〇〇円)程度の収入を得ることができ、生活費として右収入の五〇パーセントを要するものと考えられるから、右生活費を差し引いたうえ、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一〇〇五万一一四二円となる。

(算式)1,137,200×(1-0.5)×(28.086-10.409)=10,051,142

三  慰藉料(原告ら) 各二〇〇万円

本件事故の態様、その結果たる彰一の死亡とその当時の年齢、同人は原告ら間の子であること(前掲甲第一号証)、その他諸般の事情(ただし、後記過失相殺の事情を除く。)を考え合わせると、原告らの慰藉料額は、それぞれ二〇〇万円とするのが相当であると認められる。

四  葬儀費用(原告静見) 二五万円

成立に争いのない甲第四号証及び弁論の全趣旨によれば、原告静見は、亡彰一の葬儀を行つたものであると認められるところ、経験則によれば、同原告は、右葬儀の費用として二五万円を要したと認めるのが相当である。

第四過失相殺

亡彰一が事故当日訴外光紀宅に来て事故に会うまでの経過は、前記第二の二3認定のとおりであり、また、原告朝子本人尋問の結果によれば、同原告は、事故当日訴外光紀宅に来てから、亡彰一が近くの菓子屋に行くときにはこれに付添い、同人が訴外光紀宅の前(南側)の西側空地内に遊んでいるときには、事故直前を除き、同人の傍らにいて同人を監視していたものであること及び同原告は、西側空地の南東部に非しや断部分のあることを認識していたことが認められる。以上の事実によれば、原告らは、いまだ事理弁識能力がなく、殊に、平素の住居地を離れているため周囲の物に関心を示して行動しやすい状態にあつた亡彰一が西側空地の傍らを通つている阪和線の列車などに興味を持ち、非しや断部分から軌道敷内に入り込む高度の危険性のあることを認識しえたものというべきであり、西側空地の広さからして、西側空地内にいる亡彰一がごく短時間のうちに非しや断部分に到達しうる状況にあつたことや、原告朝子本人尋問の結果によれば、事故の直前、亡彰一が非しや断部分から軌道敷内に入つたと思われる時刻に、原告らが亡彰一を監視するにつきこれを困難にするような特別の事情は存しなかつたと認められることなどをも併せ考慮すると、亡彰一の親権者である原告らとしては、亡彰一が西側空地内にいるときには、同人が非しや断部分に近付かないように、常に、同人を自ら監視し、あるいは、訴外光紀、加代子らに頼んで監視してもらうべき監護上の義務が存したものというべきであり、原告らが右監護上の義務を尽くしていれば、本件事故は発生しなかつたものと認められるから、損害賠償額の算定にあたり、原告らの右監護義務懈怠の過失をしんしやくすべきものと解するのが相当であるところ、前記事故現場付近の軌道施設に存した設置・管理上の瑕疵の程度、原告らの右監護義務懈怠の過失の程度その他諸般の事情を考慮すると、過失相殺として亡彰一及び原告らに生じた前記損害の各三割を減ずるのが相当と認められる。そうすると、亡彰一に七〇三万五七九九円、原告静見に一五七万五〇〇〇円、原告朝子に一四〇万円の損害賠償債権がそれぞれ帰属したことになる。

第五権利の承継

前記のとおり原告らは亡彰一の父母であるからそれぞれ、彰一の死亡により同人に帰属した損害賠償債権を法定相続分(各二分の一)に従い相続により取得したものといえる。その金額は、原告ら各三五一万七八九九円であり、これに原告ら固有の債権額を加えると、結局、原告静見の債権額は五〇九万二八九九円、原告朝子の債権額は四九一万七八九九円となる。

第六弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告らが被告に対し本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は、それぞれ四〇万円とするのが相当であると認められる。

第七結論

よつて、被告は、原告静見に対し、五四九万二八九九円及びこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和四九年五月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告朝子に対し、五三一万七八九九円及びこれに対する前同日から支払済みまで前同割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木弘 畑中英明 大田黒昔生)

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